vol.5 垂直磁気記録方式(垂直磁化方式)

2013/06/15

垂直磁気記録は、MO(Magneto-Optical disk)に採用されたのが始まりとされていますが、MOは磁気ヘッドによる書き込みではなく、磁気とレーザを併用する光磁気ディスクであり、読み取りはレーザピックアップを用いた光方式であるため、これを垂直磁気記録であると解釈する事には賛成できません。

磁気ヘッドのみを用いて行う垂直磁気記録は、1988年9月に東芝の発表したフォーマット容量2.88MBのFDDに始まります。ですから、水平磁気記録が100年を超える歴史を持つのに対し、僅か30年足らずの歴史しか持たない、磁性体材料の特性を駆使した、新しい方式であるといえます。それ故、垂直磁気記録を正しく理解(説明)している資料は、ネット上ではなかなか見当たりません。

1. 水平磁気記録と垂直磁気記録の比較

上図が垂直磁気記録方式の構造を示したものです。前回の図と違い、今回の図には、プラッタの基材は示されていませんので、ご注意ください。そして、ヘッドのコア(今回の図では、ポール)と、プラッタの下地層が「軟磁性体」、記録層に「硬磁性体」が使用されます。この様に、プラッタも垂直磁気記録専用になり、磁性体も2層にすることで片側のヘッドだけで垂直方向に記録層を磁化することを実現しています。

そして、水平磁気記録は、前回説明したようにヘッドのギャップ部分から外部に漏れ出す磁束を利用して磁性体である記録層(磁性膜)を経由する磁気ループ(回路)を作成する事で書き込みを行っているのに対して、垂直磁気記録の場合は、ヘッドの巻線と書き込み電流で作られた全ての磁束を、記録媒体の記録層を磁気ループ(回路)として通過させることによって書き込みが行われるので、ヘッドが浮上している場合の水平磁気記録と比較すると、安定した書き込みが実現出来ることが理解できるのではないでしょうか。

ここまでの説明で終わってしまうのが一般的な説明なのですが、この図を見て本当にそんな都合の良い事が実現できるのかと疑問を持つ方がいるのではないでしょうか。そして、その疑問とは、

  1. 何故、記録層は水平方向に磁化されないか?
  2. 記録媒体が右から左へ動いている場合に、メインポールの下で書き込まれたデータはリターンポールの下を通るが、その時にまだ書き込み動作が続いていた場合、データが書き換えられてしまう、または減磁するなどの影響を受けてしまうのではないか?

の2点ではないでしょうか。それを説明するために前々回に磁気材料や磁性体の話をしたのです。
それでは、その理由について説明しましょう。

① 記録層と下地層には、硬磁性体と軟磁性体の違いだけでなく、(磁気)異方性と(磁気)等方性(方向性)という違いがあります。記録層は上下方向に磁束が通り易く(透磁率が大きい)、水平方向には磁束が通り難くい(透磁率が小さい)性質を持たせているのです。下地層には透磁率が大きく、かつ異方性を持たない材料が使われています。

ですから、ヘッドの巻線と書き込み電流で作られた磁束はメインポールからヘッドとプラッタの間の隙間(ヘッドの浮上量など)を越えて、記録層、下地層、記録層、また隙間を超えてリターンポールに戻る磁気ループ(回路)が作られるので、記録層を水平方向に磁化(通過)する磁界にはならないのです。

参考:磁性体に磁気異方性を持たせる方法 異方性を持たせる方向の磁界を印加した状態で磁性体の結晶を成長させます。そうすると、分子が磁気によって引っ張られるので、磁気を通し易い結晶構造ができあがります。金属は実際に溶けた状態(温度)に達さない温度でも「再結晶温度」と呼ばれる温度を持っているので、後から異方性を持たせたり、逆に異方性を取り除いたりする事も出来ます。鉄の「焼入れ」や「焼鈍し」とよく似ています。

② 実際にデータを書き込む磁束を集中させる役目のメインポールに比較して、リターンポールは何倍も太くなっている事に気が付いたでしょうか。メインポールの下では記録層を磁化するのに十分な磁界を得ることが出来ますが、リターンポールの下では磁界(磁束密度)はメインポールの下に比べて非常に小さく、記録層に書き込まれたデータ(残留磁束密度)に影響を与えるほどの大きさにはならないようにしています。前々回のグラフをみると、N極とS極の磁化(着磁)を繰り返す場合に保磁力が働いて、行きと帰りの間に幅(ヒステリシス)ができるので、それを利用すれば書き込まれたデータに影響を与えずに磁気ループ(回路)を完成できることが理解できると思います。

2. 垂直磁気記録用ヘッドの物理寸法精度

前回水平磁気記録用のヘッドの場合、以下の項目の精度が大切である事を説明しました。

① ギャップの断面積

  1. ギャップの幅(データの記録されるトラックの幅でもある)
  2. ギャップの上下方向の深さ(ヘッドの書き込み特性を決定するパラメータ。他に関係する項目は存在しない)

② ギャップの長さ(距離)(データの書き込み密度の決定要因)

③ ヘッドの浮上量(空力)に影響する外形形状

では、垂直磁気記録の場合はどうなるのでしょうか。
①、②のギャップは存在しません。

③は同じ様に必要ですが、垂直磁気記録の場合は、ギャップ部からの漏洩磁束ではなく全磁束を通過させるので、浮上量の変動に対する磁束の変化は少なく、影響を受けにくいと言えます。

①、②の変わりに必要になるのが、メインポールの断面積

  • 幅(トラックの幅)
  • 長さ(書き込みデータの進行方向:②ギャップの長さに当たる)

の、2点になり、水平磁気記録の場合の「ⅱ.ギャップの上下方向の深さ」に当たる項目は存在しないのです。 このように物理的な寸法精度の要求項目が少なくなると共に、原理的にヘッドの浮上量の変動による影響も受けにくい、という良い事ずくめの磁気記録方式が「垂直磁気記録」なのです。そして、その結果として2007年の夏頃から、データ復旧を目的として、業者に持ち込まれるHDDの数が、全世界的に前年比較で3割程度の減少となって現れたのです。