vol.3 ハードディスク(HDD)の磁性体について
さて、ここまででデジタル磁気記録の基本について、未飽和磁気記録と飽和磁気記録、アナログとデジタル、アナログ-デジタル変換とリードエラーの発生原理と進めてきました。今回からは、もう一歩踏み込んで、そのHDD上での具体的な解説をします。
まず初めは、ヘッドにもプラッタ(円盤)にも使われている磁性体について。但し、磁性体の具体的な詳細な数値などには触れずに、何故、どうしたら、ヘッドを使ってプラッタに記録することが出来るのかといった基本的な点について、概念的に説明したいと思います。今回の記事は特に面白くないと思う方が多いと思いますが、次回以降で水平磁気記録と垂直磁気記録。そして、垂直磁気記録の導入によって、HDDの不良率が改善され、データ復旧業界に大きな影響を与えた理由などを技術的に説明する予定ですが、その説明を理解するための基礎知識として必要だと思いますので我慢してください。今回は飛ばしてしまい、後で読み返すのも良いかもしれません。
1.軟鉄と鋼(硬)鉄(軟磁性体と硬磁性体)
鉄の世界には色々な分類・区分方法が存在しますが、最も一般的なものは硬さによる分類で、比較的柔らかく曲げ加工などを行って使用する「鉄」と、焼入れをしたりして硬さを増し、刃物やバネなどに使われる「鋼」に区分することではないでしょうか。そしてその硬さの違いの原因となる物質が「炭素」であり、その含有量が多いと硬さが増すことはご存知の方が多いと思います。そしてそれが一般的には「軟鉄と鋼鉄」のように呼ばれています。そして、磁気の世界では、軟鉄に対する呼び方として「軟磁性体」が存在します。小学校の理科の時間に「釘にエナメル線を巻いて電磁石やベル」を作ったときに「軟鉄」と呼んでいたのを記憶している人も居るのではないでしょうか。これに対して、鋼鉄に対する「硬磁性体」があるのですが、こちらは実際に硬いことも併せて持っているために、「鋼鉄」とだけ呼ばれることが多く、「硬鉄」の文字は見たことが無い人の方が多いのではないでしょうか。さて、電磁石に戻りますが、電磁石に軟鉄を使う理由は、電流を切ったときに、磁力が残らない(残留磁束が小さい)事を覚えているでしょうか。そうです。軟磁性体とは、巻いてあるコイルに電流が流れることによって作られる磁界が加わっているときだけ磁石になり(磁化され)、電流がなくなると磁石ではなくなる(磁力が消える)、変わり易い性質を持っている材料を指すのです。ですから、プラッタに磁気情報を書き込むのに使用される「ヘッド」には、この「軟磁性体」が使われます。そして、その情報が記録されるプラッタの記録層には、一度外部から磁界が加わり磁化されると、その磁界を取り除いても磁力を持ち続ける(残留磁束が大きい)性質を持つことが要求され、そのような、変化しにくい性質を持つ材料を「硬磁性体」と呼びます。
2.磁性体の特性
では、その磁性体は具体的にはどの様な性質を持っているのでしょうか。下の図で説明します。
- B(Y軸):磁石として働く磁力(磁束)の強さ。上方向をN極、下方向をS極とします。
- H(X軸): 外部から加えられた磁界の強さ。右方向をN極、左方向をS極とします。
- 飽和磁束密度(C、F):磁力の最大値。この値を超えて磁力が強くなる事は有りません。
- 残留磁束密度(D、G):着磁後、外部磁束を取り去っても残る(着磁)磁力の最大値。
- 保持力:着磁後、減磁させるために必要な磁界の大きさ。
- B(Y軸): 磁石として働く磁力(磁束)の強さ(大きさ)。 上方向をN極、下方向をS極とします。
- H(X軸): 外部から加えられた磁界の強さ(大きさ)。右方向をN極、左方向をS極とします。
このグラフはどう読むのか、コイルの中に強磁性体の棒を入れた電磁石を例に説明します。
- ①初めての磁化(着磁):
- 外部磁界(H)を少しずつ増加させて行くと、コイルの内部に入っている磁性体(鉄心)は少しずつ磁化(Bが増える)して、原点:OからA,Bを通るSの字を描き、それ以上の磁界が加わっても磁力が増えない「飽和磁束密度:C」に達し、上限となる。
- ②永久磁石:
- 着磁が終了したので、外部磁界を取り去ると、Cから磁力が少し弱まり、「残留磁束密度:D」の状態の永久磁石となる。
- ③逆方向の磁化(減磁):
- 外部磁界を逆方向に徐々に増加させて行くと、磁力が逆方向なので、徐々に打ち消され、「E:保持力」に達すると、完全に打ち消され外部に磁力が出てこない状態となる。
- ④逆方向の磁化(着磁):
- 逆方向の磁界を更に強めると、「飽和磁束密度:F」に到達。そこで外部磁界を除去すると、「G:残留磁束密度」で着磁された状態になる。このときの磁極は、①と逆の極と成る。
- ⑤再度の磁化:
- 再度、外部磁界を加えると・・・・G:残留磁束密度から、O、A、Bを通ることなく、「C:飽和磁束密度」に向かい、S字カーブを描きながら、上昇して行く。
磁性体には、このように磁化の限界があり、また減磁するためにも、反対方向の一定の大きさの磁界が必要なのです。
軟磁性体の磁気特性は、このグラフ上の、「D、G:残留磁束密度」が小さく、原点:Oに近いと理解してください。
次回に向けて、磁性体には「軟磁性体」、「硬磁性体」の2種類が存在する事。磁力には「飽和磁束密度」のような限界値が存在する事。減磁するためには「保持力」の様な逆方向の磁界が必要なこと。着磁する場合の磁力の変化は、磁界の強さに比例した直線ではなく、「Sの字を描く」ことを忘れないでください。