vol.3 データ復旧に於ける機密保持契約

2013/06/13

データ復旧サービスを生業としていると、必ず直面するのが顧客との機密保持契約(NDA)です。特に復旧を必要とする情報であるが故に、その情報の価値が高く、社外に出せるような物ではなく、機密に属することが多い事は想像に難くありません。しかし、一般的なB2Bの取引とデータ復旧では、その形態と相互において実施する内容に大きな相違が存在するのが事実です。しかし、データ復旧サービスという業務委託の形態は、一般的な企業においては例外的であり、取り扱う物が情報という無形な資産であること、更にその情報の存在が通常の方法では確認不可能な、正常動作しない電子記録媒体上に存在する物であるため、データ復旧が成功しないとその情報の授受管理すら不可能であること、等々によって、一般的に使用されている機密保持契約書ではその内容が不適切である事が認識されていないのが現実の姿となります。特に相互で論点になりやすい項目を以下に解説します。

1.対象となる機密情報

一般的に、機密保持契約は、機密情報を相手方に開示し、開示された側は、その情報を利用して、情報を開示した側から依頼された業務を遂行するために結ばれる物であるが、データ復旧サービスに於いては、機密情報は存在を明確に確認できない状態にあり、業務の対象であり、特段の価値が存在するとは限らず、業務を依頼した側が再利用するものであり、その情報の内容は故意に知ろうとしない限りは、触れる必要の無いものと考えられます。従って、情報の開示は受ける必要が無い物であること、また、存在自体が確認できないため、授受の記録を作成する事も、特定する事も不能であること、このために、書類上に記載するのであれば、「データ復旧サービスの成果物に含まれるもの」に限定する事が必要となります。

2.複製作成の制限

複製の作成(障害ハードディスクのクローンを作成することなど)について、許可の申請を要求される場合が多いが、データ復旧サービスにおいては、原本(お客様からお預かりした障害メディア)の保全を前提として作業することが原則であるため、必要に応じて複数回の複製の作成が必須となっており、その作業の必要性が判明してから書面で許可を得るような、作業効率の悪い要求は受け入れることは出来ず、また依頼者側に時間的に余裕の存在するデータ復旧の依頼自体存在せず、矛盾した要求であることがあり、このために、「委託された作業を遂行するために必要な最小限以上の複製を作成する場合」などの但し書きの追加が望ましいと考えられます。

3.作業の指導・管理・監査など

一般的には、開示した情報を使用した業務の遂行を目的とした契約書であることが多いために、指導・管理条項が含まれる場合が多く見受けられますが、「データ復旧サービス」においては、作業委託を受ける側が持つ特殊な技術などを用いて目的を達成することになるので、このような条項は削除することが望ましいと考えられます。

4.損害の賠償限度

データ復旧サービスに於いては、顧客から受領する作業の対象が、既に正常動作をしない電子記録媒体であり、また、サービス自体の大前提が“データ”の取出しとなっているが故に、その電子記録媒体自体に価値は存在しないこととなります。従って、データの復旧が不可能と判断され、その判断を行うまでの作業工程において、仮に原状復帰が不可能となるような損傷を与えたとしても、その電子記録媒体自体が既に正常動作不能(全損状態)であったことから、データ復旧業者には損害の賠償責任は存在しない事になります。但し、もともと他業者でデータの復旧が可能であったと判定された場合には、損害の賠償は正当な行為となり、情報は無形な資産であるために、賠償の限度額についてはそのデータ復旧サービスの提供に要した作業の対価の範囲とすることが一般的となります。この賠償額の限度については、情報の漏洩事故などの場合であっても、「全損物から引き出した情報」であり、その情報が作業委託を受けた側にとっては価値の存在する物ではなく、提供したデータ復旧作業のみが価値として認められるために、「賠償額」=「作業の対価の範囲」とすることが認められています。

5.有効期間

この点が一番もめ事を起こし易いと考えられますが、一般的な業務委託の場合においては、開示された情報を用いて業務を遂行し、その業務の対価を得る方式を取っているために、その業務の契約期間が満了した後においても、その情報の機密保持と損害賠償の義務は長期にわたり継続することが求められがちです。しかしながら、既に何度も述べているように、データ復旧サービスにおいては、その情報の内容には触れる必要性は存在せず、成果物(情報)の返却および複製の消去を行った後には、どの様な情報が存在したのか、その物理的な痕跡も消滅してしまうため、その後に作業を委託した側が悪意を持って情報漏洩などの訴訟を起こした場合に、その反証を行う手段も所持しない状況となってしまうため、成果物の提供及び複製の消去までの期間を有効期間とすることが必要となります。