vol.11 データ復旧業者の専門知識
データ復旧業者の技術的な知識について触れましたが、現実的にデータ復旧専門業者は本当に充分な専門知識を持っていると言えるのでしょうか。そして、世の中に溢れている技術情報は、本当に正しいのでしょうか。
2002年頃のいささか古い話になりますが、現在も存在する某大手データ復旧会社のホームページに「当社は、HDDから曲がってしまったプラッタを取り外し、そのプラッタを平らに直し、当社の所有する専用の読み取り装置に乗せて、そのデータを読み出します。」の様な事を記載していたことが記憶に残っています。そして、それを記事にした、「パソコン雑誌」さえ存在したのです。それが、いかにいい加減な、実現不可能な事であるのかは、これまでの記事を読んでいただいた方には十二分にご理解いただけるものと思います。
また、もう少し新しい、2007年頃の事ですが、IT関係の雑誌において、某データ復旧会社の協力により、台風による洪水や津波に被災したHDDからデータを取り出す実験レポートを掲載した雑誌があり、その記事が現在(2014年4月)もWeb上に存在しますが、その記事でも、間違いだらけの、信じられないような事が大量に書いてあるのです。
その記事を書いた記者さんと、協力したデータ復旧会社の名誉の為に、あえて引用先のURLは記載しませんが、以下の様な内容です。(注:事実であっても、名誉毀損や損害賠償請求は成立する場合がある)
①水害の場合、HDDの敵は水に含まれるカルシウムやカリウム、ナトリウムなどのミネラルだ。ミネラルが精密部品に固着すると、動作不良を起こすばかりか復旧作業の妨げにもなる。従って一般的には「ミネラルが固着するのを防ぐために、濡れたHDDは濡れた状態のまま専門会社に持ち込むとよい」という(検証を担当したxxxxのxxx氏)。
※これは正しい。
②カバーを外すと、乾燥が始まっており、ミネラル分がプラッタ表面に固着しているのが確認できた。「こうなると、水で洗い流す程度では取り除けない」(xxx氏)。プラッタ表面を特殊なポリマーで研磨する必要が出てくる。しかも、プラッタを研磨すると、データを記録しているプラッタ上の磁気信号のレベルまで低下してしまう。
※ポリマーで研磨するとしているが、ポリマーとは、有機化学の合成樹脂(プラスチック)関係の単語で、プラスチックになる前の材料状態をモノマーと呼んで(液体)、それが重合反応することでポリマー(プラスチック)が得られる。DLC(ダイヤモンド・ライク・カーボン)の硬い皮膜で保護されたプラッタの磁性体層を研磨することが出来るほど硬度の高い物(ポリマー)は存在しないだろう。
③データを読み出そうとプラッタ上を磁気ヘッドが滑走した際に、プラッタ表面に取り残されていた小さな不純物に磁気ヘッドが衝突してクラッシュしたためである。不純物の除去作業や磁気ヘッドの交換、ヘッド位置情報の補正作業を2回繰り返した。
※ヘッド位置情報が何を指しているのか不明なのですが、データ復旧で必要となるヘッド位置情報というものは無いのではないでしょうか。情報に補正の必要があるとしたら、書き込みギャップと読み出しギャップの製造時に発生した位置のずれの補正ですが、普通は書き込み時に(読み出しギャップによるサーボデータのセンター位置と、書き込みギャップのセンターが一致するように)補正するので、データ復旧のような読み出し動作時には必要ないはずです。
④プラッタの研磨で磁気信号レベルが低下したデータでも、救う方法がないわけではない。xxx氏によれば「磁気信号を増幅する専用装置を使えば、データの復旧率を高められる」という。専用装置は、増幅器を最適な状態に設定する「バイアス・レベル」と「オート・ゲイン・コントロール(AGC)レベル」という二つの信号レベルを調整するもの。その調整には、相当に熟練したスキルを要する。
※バイアスと言うのは、テープレコーダの様なアナログ記録をする場合に、高音質にすることを目的に使う手段で、50~200KHzの信号を、記録するアナログ信号と重畳(AM変調)してヘッドに流す(ACバイアス)。または、無信号時においても微小な直流電流を流して(DCバイアス)テープに書き込む。このときのバイアスの大きさをバイアス・レベルと呼ぶ。HDDの場合は、飽和磁気記録なので、そのようなバイアスはいらないし、データの読み出ししかしないデータ復旧にバイアスは関係しない。
AGCは、HDDのヘッドアンプIC内に存在し、実際のヘッドの出力信号の変動に対してヘッドアンプの出力信号を一定に保つ機能で、この機能でカバー出来ない範囲までヘッド出力が変化した場合は、ファームウェアのA-D変換フィルター定数の変更によって解決しようとする(リードリトライ)機能がある。最近のHDDのヘッドアンプICでAGCレベルを外から変更できるようなものは存在しないでしょう。現在は、それらの機能は、フィルター定数の変更と組み合わせて、ファームウェアのリードリトライテーブルの中に組み込まれています。ですから、それが必要な場合はファームウェアを少し書き換えることになるはずです。
また、このようなヘッドアンプICは、微小信号を扱うために外部ノイズから保護するために、HDD本体中のHCA上に存在させる事が多く、専用機器にまで長々と引き出して接続すると、ノイズが大きくなりすぎて、使用に耐えないのではないでしょうか。
いかがでしょうか。世の中に存在する技術情報は、その情報源が本来は充分に信じられるような大手の、専門と呼ばれる雑誌やWebサイトであっても、間違った情報が氾濫していることが実状なのです。特に、カセットレコーダやビデオテープレコーダといった、ついこの前まで大量に目の前に存在していた製品に使われていた、磁気記録という技術に対する知識がいかに一般的ではないのか、そしてその中で、専門家に含まれるはずの人たちが、情報を持たない人たちに、いかにいい加減なことを、もっともらしく言っているのかお分かりいただけたでしょうか。だまされてはいけません。
次回からは、そのHDDの磁気記録技術の基本に触れて行きたいと思っています。