vol.10 ファームの内部をいじったら?
ファームウェアの役目と目的について、そしてその中にどんな情報を持っているのかについて説明してきました。しかし、今まで触れてきた内容では、データ復旧作業をするときに、障害を持つ部品の交換や、互換性を持つ部品を選定するための情報として、ファームウェアの管理番号などの情報を利用すること、逆に言えば、ファームウェアも部品の一部として、互換性のある部品を探すための情報として利用する方向が強くなっていました。しかしながら、既にお気づきの方、或いは疑問を感じ始めた方がいると思うのです。そうです、「ファームウェアの内部を弄ったら、今まで互換性が無いと考えていた部品に互換性を持たせることが出来るのでは?」という事です。
1.ファームウェアで何が出来る?
以前の記事で、「データ復旧業者は、どうしたら一時的にでもデータの読み取りが可能になるのか、元のHDDのヘッドなどの部品を、互換性のあるものと取り替えたり、同一番号のファームを使っているHDDを探したり、ファームウェアの内部を調べて書き換えたりするのです。そして、そのファームウェアが完全に分かれば(HDDメーカの話ですが)、東日本大震災で津波被害にあった古いHDDのヘッドを最新のヘッドと取り替えて、ファームウェアを調整する事によって、全て復旧するようなことも出来るのです。」と書いてあったことを覚えている方が何人かは存在するのではないでしょうか。この記事の通り「HDDのメーカの開発関係の部署」のように、ファームウェアの内部を完全に把握していれば、互換性を持つ部品を手に入れるために、HDDの型番、S/N、ファームウェア番号などを元に、ヤフオクやeBayや、特殊なデータ復旧業者相手の中古HDD業者を探し回る必要がなくなってしまう可能性があるのです。
注:ここまで読むと、「データ復旧なんて、やっぱり、ニコイチが基本なんだ!」と思うかも知れませんが、正にその通りともいえます。但し、ニコイチの作業を行う環境として、HDDの製造現場と同じ様なクリーンな環境が必要であり、また、どの情報を基にすれば互換性が確保できるのかについては、専門的な知識が必要である事も事実です。そして、それらの知識だけでデータ復旧サービスを提供してきたのが1世代前までの業者なのです。
また、それら業者の中には、今までの経験で「クリーンな環境なんか必要無い。机の上でHDDを開けて、ヘッド交換したって、クラッシュなんか滅多に起こさないで、データの読み出しが出来る。」と、胸を張って言い切る人も居るようです。しかし、それはプロとして正しいのでしょうか?「事務所の中で、机の上でHDDを開けて、ヘッド交換をしても、HDDはクラッシュせずに正常に動作する」事はある程度は事実です。しかし、そのままいつまでも動作する事を保証できるのでしょうか。引越し業者は、玄関や階段に養生を行い、家具を毛布などで包み、うっかり間違いを起こしても傷がつくことを予防します。間違いがなければ、そんな事は全く余計な事かもしれません。それでも養生を怠る事はしない。それが理屈や経験だけでものを言う、似非プロフェッショナルとの違いなのです。
2.新世代のデータ復旧専用装置
HDDメーカは、売却や吸収合併が繰り返し進み、現在ではSeagate、Western Digital、Toshibaの3社になってしまっています。過去には、Maxtor、IBM、ConnerなどUSや、富士通、日立、などの日本のメーカが存在しましたが、旧共産圏に属する各国にはまったく存在しなかったために、それらの国々では、HDDは大変な貴重品であったため、HDDを修理したり、使用可能な部品を集めて再生したりするための技術開発が進みました。そして、ソ連崩壊後にそれらの技術をデータ復旧に流用し、専用設備として販売するロシアやウクライナの会社が出現したのです。それまでのデータ復旧は主に北米の会社が中心で、ほとんどがHDD製造会社から転職した人たちが、データ復旧を目的に、技術を独自の企業秘密として起業したのに比べて、HDDの修理や再生技術をリバースエンジニアリング的に発展させ、その技術を専用設備に組み込み販売していると言って良いのかも知れません。そして、その販売した設備の技術サポートを目的に、現在のHDDのファームウェアの内容も解析して提供しているので、筆者はこれを「新世代の専用装置」と呼んでいます。そして、この装置を充分に使いこなす事が出来れば、HDDメーカのファームウェアの内容を理解して、書き換える事を行えば、苦労して互換性を持つ部品を探し交換するニコイチに頼らなくても、データの復旧作業が可能になるのです。
この設備の威力は凄まじいもので、充分に理解して使いこなす事が出来れば、例えば某HDD製造会社のヘッド交換の場合は、同一シリーズのHDDで、搭載されているヘッドの数さえ一致すれば、ファームウェアの内部の項目を調べて書き直す事と互換性を作り出すことができるので、部品交換用HDDのファームウェアについては全く気にする必要が無いと言う人すら存在するのです。そして、このようにデータ復旧用の専用設備が一般的に販売されるようになったので、データ復旧のための技術も、もはや企業秘密というほどの大げさなものでは無くなってしまったと言っても過言ではないのかもしれませんし、それと同時に、価格競争に晒されることになってしまったのです。
とは言え、その専用装置の取り扱いについても、かなり程度の高い専門知識が必要で、まだまだ「使いこなしているとは言えない業者」の方が多く存在するのが事実の様に思われます。